◆ AUTORI ITALIANI ◆ イタリア人作家の肖像


ANTONIO TABUCCHI アントニオ・ タブッキ
ALESSANDRO BARICCO アレッサンドロ・バリッコ
UNBERTO ECO ウンベルト・エーコ
STEFANO BENNI ステファノ・ベンニ
SUSANNA TAMARO スザンナ・タマーロ
ANDREA DE CARLO アンドレア・デ・カルロ
TIZIANO SCARPA ティツィアーノ・スカルパ
ANDREA CAMILLERI アンドレア・カミッレッリ
TIZIANO SALVI ティツィアーノ・サルヴィ
LEONARDO SCIASCIA レオナルド・シャシャ
PINO CAUCCI ピーノ・ガウッチ
CESARE PAVESE チェーザレ・パヴェーゼ
GIUSEPPE FIORI ジュセッペ・フィオーリ
ELVERINA SANTANGERO エルヴェリーナ・サンタンジェロ
CARLO LUCARELLI カルロ・ルカレッリ

※順不同/ 順次追加予定

■ANTONIO TABUCCHI ・アントニオ・タブッキ
Antonio Tabucchi/アントニオ・タブッキにはボローニャ大学などでポルトガル語および文学の教鞭をとっていた経歴がある。
ゆえに、ポルトガルの文学作品の翻訳を手がけるのみならず、彼自身もまた自作の小説を彼の地の言葉で著わしてもいる。
たとえば、彼の『レクイエム』という小説は、「どうしてもこの物語は、世界でもっとも美しいポルトガルの言葉で綴りたかった」という理由で、ポルトガル語原作として発表された。なお同作品の伊語版は、別のイタリア人翻訳者の手によるものである。

イタリア人作者原作ポルトガル原語、しかも翻訳者は別のイタリア人…なんだか人をくった話に聞こえる。

でも、タブッキだからと妙に納得もしてしまう(もっとも、日本出身の作家でもカズオ・イシグロやキョウコ・モリの例があるわけだし)。タブッキだから…そう、彼の作品には、読者を煙に巻く傾向が多々見受けられる。謎めいて幻惑的。それがまた蠢惑的なエッセンスとして、読み手の心に動揺を与え、感性を揺さぶる。

彼の作品の多くは、ひとつの問いにひとつの解答が厳然と聳えるような、幾何学的手法では読み解き難い。
揺れる時空間のなかで、彼の描く主人公たちは、さまざまな不可解な現象とミステリアスな人物像とに巡り合う。
そんな登場人物の後を追いかけていくうちに、いつの間にか、読者自身が彼の物語に投影されているような気にすらなりかわる。

そんなはずはない、そんな経験などはない、はずなのに、でも夢のなかでなら、そう、そんなできごともあったかもしれない、それはもしかして、それはまさにわたしのことかもしれない。

こうして彼の物語は、現実と仮想の世界とを危うい境界線上を軽々と飛翔する。

果たして夢か現か幻か…。どことなく夏目漱石の『夢十夜』のなかの雰囲気に近いな、とふと感じることもある。
問いかけともつかぬメッセージをひとつひとつまともに受けとめていては立ち止まってしまう。ストーリーが流れるままに身を委ねたほうが、きっと気持ちいい。考えるのは物語の幕が閉じてからでいい。いずれなにか考えずにはいられなくなるなら。

『インド夜想曲』(Notturno indiano1984)、『遠い水平線』(Il filo dell'orizzonte1986)、『レクイエム』(Requiem1992)、『夢のなかの夢』(Sogni di sogni1992)などがこれら「幻想的」と評される作品の代表例。(これらの作品はすべて青土社または白水社より日本語版が刊行されています)

一方で、『Sostiene Pereira』(1992、邦題は「供述によるとペレイラは…」須賀敦子・訳)に代表されるような「社会派、歴史的、政治的」ストーリーテーラーとしても、タブッキは高い評価を得ている彼の処女作『Piazza d'italia (イタリア広場)』(1975)、または『Piccoli equivoci senza importanza(たいしたことのない、ささいな行き違い)』(1985)に著わされたように、これらの物語のなかでは、時代の趨勢に翻弄される男(たち)の肖像が描かれる。

こちらの『社会派』ストーリーでは、人物像も時代背景もはるかに明確だし、メッセージもクリアに伝わってくる。(そういえば、こちらの『社会派』タブッキものは、日本語未訳ものが多いですね)

けれども「社会派」だとか「幻想的」だというレッテルは所詮世間の評価。たまたま舞台が歴史の転換点に設定されいれば「社会派」、歴史の傍流に佇んでいるときには「幻想的」。たぶん、タブッキ自身はそんな世間の判断からは飄々と超越したところにいる。

人間の一生とは、すべからくひとつの物語であり歴史であり一夜の夢であり…幻にたやすくにじむ儚くも強靭な「声」。声なのでしょう、と彼は読者に語りかける。

産声、歓声、嬌声、罵声、怒声、涙声…ありとあらゆる、語らずにはやまない、人間の声。タブッキはそれらの声を丹念に摘み、紡ぎ、一幅の絵物語に仕立て上げる。現代の語り部として、人生を語る。

きっと彼自身が語るのではない。ひとびとの「声」が彼を通じて「あちら」から「こちら」に降りてくる。彼の書く物語とは、たぶん、そういうことなのだろう。



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